2026.10.02
形見の着物、どうすればいい?捨てられない人のための5つの選択肢
形見の着物の行き先には、着る・買取・寄付・供養・表装という5つの選択肢があり、それぞれ費用と「手元に残るもの」が違います。そして、今すぐ全部を決める必要はありません。
福井県越前市で表装の工房「越前きもの表装」をしております、宮守雅治と申します。工房には、亡くなられたお母様やお祖母様の着物を抱えて立ち止まっている方が、たくさんいらっしゃいます。この記事では、表装の職人という立場からではありますが、できるだけ公平に5つの選択肢を整理してみます。決めるための材料として、お使いいただければと思います。
形見の着物が「動かせない」のは、判断が難しいからではない
形見の着物を前に手が止まるのは、判断力の問題ではなく、着物が「もの」と「記憶」の両方だからです。まず、そのことを認めるところから始めていいと思います。
遺品の整理が進んでも、着物のところでぴたりと手が止まる。工房でお話を伺っていると、これは本当に多くの方に共通しています。洋服は整理できたのに、着物だけはタンスごと残っている、という方もいらっしゃいました。
理由ははっきりしています。着物は、その人にとってもあなたにとっても大切な人生の節目に袖を通した思い出の品だからです。お母様が結婚式で着た留袖、お祖母様が普段に着ていた紬。畳んだ着物を開くと、その人の姿まで一緒に開いてしまう。だから「もの」として割り切った判断ができないのです。それは優柔不断ではなく、むしろ当然の反応です。
一方で、着物は放っておくと傷みます。湿気とシミは待ってくれません。「動かせない」まま何年も経つと、選択肢そのものが狭まっていく。だからこそ、いま慌てて結論を出すのではなく、どんな道があるのかをまず知っておくことに意味があります。

選択肢①着る・仕立て直して着る
最も自然な供養は、着ることです。寸法が合えばそのまま、合わなければ仕立て直して着るという道があります。ただし現実には、着る機会の問題が残ります。
着物は仕立て直しを前提に作られた衣服です。ほどいて洗い、寸法を直せば、別の体型の方にも合わせられます。お母様の着物を娘さんが着る、というのは着物文化の本来の受け継ぎ方であり、故人にとってもいちばん嬉しい形かもしれません。
ただ、実際には二つの壁があります。ひとつは寸法や色柄の問題。裄や身丈が大きく違うと直せない場合があり、また色柄の流行が合わないこともあります。もうひとつは、そもそも着る機会があるかという問題です。仕立て直しても、結局タンスに戻ってしまったというお話も伺います。
「着る予定が具体的にあるか」。ここが、この選択肢を選ぶかどうかの分かれ目になります。
なお、着物の形にこだわらなければ、羽織やコート、帯、バッグなどの小物に仕立て直すという道もあります。着物としては着る機会がなくても、コートや帯なら日常に取り入れやすい、という方もいらっしゃいます。仕立て直しを扱う和裁士さんやリメイクの専門店に相談してみてください。
選択肢②買取に出す(値がつく着物・つかない着物)
買取は最も手早く整理できる方法ですが、形見の着物の多くは高値がつきません。金額ではなく「手間なく手放せること」に価値を見る選択肢です。
中古着物の市場では、価格は需要と寸法と状態で決まります。有名作家の作品や証紙付きの紬などは値がつきやすい一方、一般的な着物は、購入時に何十万円したものでも数百円から数千円の査定になることが珍しくありません。これは業者が不当なのではなく、中古市場の構造上そうなってしまうのです。
買取に向くのは、枚数が多くて全部は残せない場合や、遠方の実家を早く整理しなければならない場合です。逆に、査定額を見て「この着物の思い出がこの値段なのか」と辛くなってしまいそうな方には、あまりおすすめしません。金額と思い出は、別の物差しのものだからです。
なお、全部をまとめて査定に出す前に、「これだけは」という一枚を抜いておくことをおすすめします。手放したあとで取り戻すことは、まずできません。
選択肢③寄付・譲渡する
誰かに使ってもらえるという安心を得られる選択肢です。費用はほとんどかかりませんが、その後どう使われたかは分からなくなります。
着物の寄付を受け付けている団体や、海外で着物をリメイク素材として活用する取り組みなどがあります。また、親族やお知り合いで着物を着る方がいれば、形見分けとして譲るのは昔ながらの美しい方法です。
「捨てるのではなく、誰かの役に立つ」という納得感は、この選択肢ならではのものです。一方で、送った先でどう扱われるかまでは見えません。思い入れの強い一枚よりも、「傷んではいないけれど、特別な思い出はない」という着物に向いた道だと思います。
選択肢④お焚き上げ・供養する
気持ちに区切りをつけたい方のための選択肢です。神社やお寺で供養してもらうことで、「捨てた」のではない形で手放せます。
どうしても手元に置けない、けれどごみとして出すことはできない。そういうとき、お焚き上げや人形供養と同じように、着物の供養を受け付けている神社やお寺があります。費用や方法は場所によって異なりますので、お近くの社寺に確認してみてください。
この選択肢の本質は、手放し方に「儀式」を挟むことだと私は思っています。儀式があることで、気持ちの区切りがつく。遺品整理では、この区切りがとても大切な場合があります。
供養を選ばれる方の中には、すべてを供養に出すのではなく、一枚だけ手元に残して、残りを供養するという形を取られる方もいます。「区切りをつけること」と「残すこと」は、両立できます。
選択肢⑤表装して飾れる形にする
きもの表装は、着物が持つ美しく魅力のある部分を和紙で裏打ちし、掛軸や額装など飾れる形に仕立て直す技術のことです。着物のままでは仕舞われるだけだった一枚が、毎日目に入るものに変わります。
これが、私の工房でお手伝いしている道です。着物をほどいて一枚の布に戻し、柄の一番の見どころを選んで、掛軸・額装・屏風に仕立てます。裏打ちには越前和紙の鳥の子紙など伝統工芸の和紙で後の世へ継承できる形にします。ほどいた反物を広げ、刷毛で和紙を寝かせていくと、くたりとしていた布に張りが生まれ、絹の光沢がすっと立ち上がってくる。この瞬間は絹の反物が蘇るように感じます。
費用は額装20,000円〜、掛軸30,000円〜、屏風50,000円〜、納期は1ヶ月〜です。以前、お母様の訪問着を額装させていただいた70代のお客様が、「タンスの中にあったときより輝き、母が近くにいる気がする」とおっしゃいました。飾るというのは、思い出を日常の中に置き直すことなのだと、私のほうが教えていただいた言葉です。
着物全体を使うわけではないので、残りの布はお返しできます。一部を作品に、残りは形見分けに、という組み合わせもできます。


5つを一覧で比較(費用/手元に残るもの/元に戻せるか)
5つの選択肢は「費用」「手元に残るもの」「元に戻せるか」の3点で並べると違いがはっきりします。ご自身が何を残したいかと照らしてみてください。
・着る・仕立て直す──費用は直しの内容次第。手元に残るのは着物そのもの。着られる状態が続く限り、次の代へも渡せます。
・買取──費用はかからず、お金に換わります。手元には何も残りません。一度手放すと元には戻せません。
・寄付・譲渡──費用はほぼ送料のみ。手元には「役立てた」という納得が残ります。こちらも元には戻せません。
・供養──供養料がかかります。手元に残るのは気持ちの区切りです。元には戻せません。
・表装──額装20,000円〜、掛軸30,000円〜、屏風50,000円〜。手元に飾れる作品が残り、使わなかった残りの布も返ってきます。着物の形には戻せませんが、布は手元に残り続けます。
こうして並べると、「手放す」方向の選択肢と「形を変えて残す」方向の選択肢に分かれることが分かります。どちらが正しいということではありません。その着物への思いの深さによって、合う道は一枚ごとに違います。
迷ったときの順番──「先に決めなくていいこと」がある
最初にやることは、処分方法を決めることではなく、「これだけは残したい一枚」を選り分けることです。残す一枚が決まれば、残りの判断は驚くほど軽くなります。
工房でおすすめしているのは、次の順番です。
・まず、すべての着物を一度広げて見る(ここが一番大変ですが、一番大事です)
・「これだけは手放せない」と感じる着物を、枚数を決めずに抜き出す
・残った着物について、買取・寄付・供養を検討する
・抜き出した着物を、着るのか、仕舞って守るのか、飾れる形にするのか、時間をかけて考える
大量の着物を前にすると、全部に同じ答えを出さなければいけない気がしてきます。でも実際は、一枚ごとに答えが違っていいのです。そして、抜き出した数枚については、急いで決める必要はまったくありません。答えが出るまでタンスで待たせておくのも、立派な選択です。
工房でよく申し上げる言葉があります。「先に決めなくていいことを、先に決めようとしなくていいんですよ」。決めるべきことは、実は「手放す着物をどうするか」だけです。残す着物をどう残すかは、あとからいくらでも考えられます。この順番を入れ替えるだけで、遺品整理の重さはずいぶん変わるはずです。
抜き出した一枚を仕舞っておく間は、湿気の少ない場所で、年に一度は広げて風を通してあげてください。答えを待つ時間のあいだ、着物の状態を保つことも、選択肢を残しておくための大事な手入れです。

もし「残したいけれど、どう残せばいいか分からない」という一枚があれば、その段階でご相談いただいて構いません。どの選択肢がよいか決まっていなくても大丈夫です。着物の写真を1枚お送りいただければ、表装に向くかどうか、どの柄が活きるかという職人としての見立てをお伝えします。見立てだけで終わっても、まったく問題ありません。形見の着物との向き合い方を、一緒に考えるところからお手伝いできれば幸いです。